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日本語ラップが好きになれない理由と、R指定のことは好きな理由

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はじめまして。Bと申します。普段はこのサイト、裏方として仕事してます。個人では映画やラジオやメディア論や趣味について好きなように書くだけのブログ「実験室」をやってます。

今日は、音楽について書きたいと思ったのでフジキギャラリアにて記事を書くことにしました。

▼「R指定だけ好き」は、日本語ラップ好きと言っていいのか

もうこの見出し以上のことはなくそのままですが、R指定好きなんですけど、日本語ラップは好きじゃないんですよ。

R指定知らない人のために、簡単に紹介します。(そんな人この記事にたどり着かないと思うけど)

・R指定

R指定(あーるしてい)とは、日本のラッパー。大阪の梅田出身。高卒。

ラップのフリースタイルの腕を競う「ULTIMATE MC BATTLE」の大阪大会では5連覇、2012年〜2014年の全国大会では3連覇を果たしているなど、実力派のラッパーとして有名。

2013年よりDMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS 2016のシングル部門2位(DJの世界大会)のDJ松永と「Creepy Nuts(クリーピーナッツ、という意味)」として活動。現代の承認欲求にまみれる若者を描いた作品が多数収録されている「たりないふたり」「助演男優賞」などのEPに加え、「クリープショー」などのアルバムをリリースしている。
R指定は、上記の紹介のとおり、日本語ラップのエース的存在といいますか、現場で勝ちまくった末にメジャーデビューを果たした人物。

ところが、その「メジャーデビュー」というのがラップ界的には曲者という雰囲気があるのです。

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▼「R指定だけ好き」は、日本語ラップでは許されないのだと思う

個人的な好みはあると思いますが、R指定の日本語ラップは群を抜いてうまいです。素人目にそのワードセンスや韻の踏み方、韻の量、滑舌、声量など半端じゃない。

(R指定とラッパーDOTAMAのサイファー※複数人の即興ラップ)

まあYouTubeでレビューを見ていると、人それぞれの感性があるから、R指定が好きじゃなくてほかのラッパーが好きな人もいるようですが、私見では、スキルは脳の次元で群を抜いてます。

「レベル高いなら、R指定だけ好きでもいいじゃないか」と、私は思うのですが、「日本語ラップ」的にはそうはいきません。なんせ彼はアングラを捨てて「メジャーデビュー」してるから、日本語ラップの世界では認めてはいけない! という雰囲気を感じるのです。(個人的には捨ててはないと思うけど)

▼ワルにまみれた日本語ラップの歴史

ラップは元々、アンダーグラウンド(アングラ)な人々のものでした。1960年代のアメリカで生まれたヒップホップは、その背にヒップホップ文化を背負い、現代まで様々なブームを起こしてきました。「喧嘩の代わり」なんて言われることもあり、その名残はラップ用語の「ビーフ」(悪口の言い合いのような意味)、「リアルとフェイク」(一般的にリアルなもの、個人の体験に即したラップが評価されて、そうじゃないものはフェイクと揶揄される)なんて表現からもわかります。

日本語ラップも、1980年代にアメリカから輸入されて始まりました。当初はいとうせいこうや近田春夫、佐野元春など、現代にも名の残るJ-POPアーティストたちが、歌唱の一手法としてラップを導入していきます。いとうせいこうは現代でもラップ関連の仕事をするなど、ラップ愛が感じられますが、近田春夫は聞くところによると「飽きた」と言って、ラップから足を洗ったそうです。

しかしその後、ラップ文化が日本にも馴染みのあるものとなると、徐々に「ワル」の文化として昇華されていきます。

ラップは「リアル」なテーマを歌うことを評価しますから、必然的に「ワルのリアル」が、日本語ラップ的にもいいものとされます。90年代には日本語ラップのアーティストも誕生しますが、彼らの楽曲は決まって「ワルのリアル」--悪い人たちの自分語りで埋め尽くされます。

例えば、BUDDHA BRAND、King Giddra、RHYMESTERなんかは、検索してみると見た目からしてワル。一方でメジャーシーンでもスチャダラパーなんかが有名なラップ手法アーティストですが、この時期に「ラップVSポップ」という構図が生まれ、現代でも「ラップはアングラ」「ラップはワルのもん」「ポップなラップはフェイク」という感覚が残っていると推測できます。

近年のラップシーンでも、未だに「ワルのリアル礼賛主義」は終わっておらず、SpotifyやYouTubeで日本語ラップを探すとKOHHやANARCHYなど、ワルっぽい音楽を聞くことができます。

▼「ラップはワルのもの」を崩したR指定

そんな「ワルな日本語ラップ」を、メジャー寄りに昇華させたのが、R指定だと思っています。

メジャーシーンとアングラシーンの対立を深めていたラップカルチャーですが、2018年現在はというと、SNSやインターネットの普及により、新しい世代の「ラップ」が生まれて来た時代と言えるでしょう。

個人的には、その象徴はサイバーエージェントが運営するAbemaTVでのラップ・ヒップホップカルチャー番組ではないかと思います。

ラップのテクニックや歌唱法としてのアレンジが盛んになり、tofubeatsや電波少女など、ネットっぽいラップ手法アーティストも増えて来た一方で「アングラなラップ」が、表舞台にあがり、多くのファンを集める機会はありませんでした。

出て来たとしても、あくまでもニッチジャンルのもの、ワルのもの。そういう傾向は拭えていませんでした。(そう感じます)

一方で、メジャーなラップはJ-POP的、あるいはサブカル寄りで「ラップ」らしくない。

その中でメジャーとアングラの両要素を持ち、両側面でファンを魅了しているのが、R指定だと思うのです。

R指定とDJ松永のコンビ「Creepy Nuts」の曲は、ポップで若干「メジャー寄り」な取り組みも見られます。しかし、曲全体を聞いて、ライブやサイファーの様子を見ると、それは「アングラ」な側面があることがわかります。

・メジャーっぽいR指定

・アングラっぽいR指定

自分はメジャー・サブカル寄りのタイプですから、完全な中立にはなれません。しかし、サングラなタイプからの指示を集めているだろうと、容易に想像できる実績、そして技量を持つのがR指定だと思うのです。(少しあつくなりすぎています)

彼は、その両面を支える技量と医師によって、日本語ラップを「ワルのリアル」から脱却させたと言えると思っています。

その変化が「ラップ」を一つの新しいカルチャーに昇華させて、「ワル」ではない私にとって、ラップが「リアル」になったタイミングだと思うのです。

▼聞けない…R指定以外の日本語ラップにハマれない

R指定を聞いて「日本語ラップ」にハマった私は、その後他のアーティストも聞いてみようと思い、前述のようにSpotifyやYouTubeでラップを聞くことに。

そこで出会ったのはラップ界ではいわゆるな存在のアーティストでした。しかし、結論からいうと、そのようなラッパーたちの歌は正直聞けたもんじゃありませんでした。

自分語りで悦に浸ったラッパーたち。毎回出てくるのは「世間の端」「俺はアングラ」「ど真ん中じゃ生きれねえ」「でもこれが俺のリアル」という、「世間の端、アングラな俺、最高っしょ」という、「ワルな俺・アッピール」でした。

我慢して聞いていると、違和感がどんどん募ってきました。どうしてこんなものを聞いているんだ? 疑問が止まりませんでした。

何人か聞いたところで、もうやめました。これはリアルじゃない。承認欲求だ。と気づいたのです。

ネットラップはもっとだめ。ただのサブカルポップでした。それも、別軸の承認欲求。

▼R指定を好きなのは、ワルじゃないリアルだから。ってだけじゃない

R指定を好きなのは、それは脳レベルでうまいラップ、韻だけじゃないんです。

バトルの動画観ててもかっこいいし、現代的なラップもかっこいい。だけど、その根底にあるのが「ラップな俺」「ワルな俺」じゃなくて、「信念」だから。承認欲求なんてとっくに片付けて、承認ではなく「求道」的にラップをしている姿勢、信念が歌詞に現れているからこそ聴きやすいし、「ワルな俺」「かっこ悪くてもひたむきに生きる俺」をアッピールしてくるラッパー界の人たちと比べて、すんなりと響いてくるのだなと思いました。

▼「日本語ラップブーム」の火付け役、R指定

現代的なアーティスト、そして以前より大御所として活躍する、数々のアーティストをバトルで倒したR指定は、文字通り現代の日本語ラップの火付け役的存在であるR指定ですが、その根本には、なんとなく謙虚さというか、信念が見えてくるんですよね。

彼自身が、日本語ラップブームの火つけ役であると自覚しつつも、ブームはいずれ廃れ、ただしやることは変わらない。そういう覚悟を語っています。

「つまりブームになろうが廃れようが、俺らがやることは「まったく変わらない」ということを歌いたかった。」(「Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)が語る、ラップブームへの本音」CINRAより)(CINRAの記事、とても面白かったのでぜひ読んでください。)

これまでのラッパーは、こうはいってないと思うんです。ラッパーである俺を認めさせる必要がある。日本語ラップを認めさせる必要がある。俺らの道を認めさせる必要がある。

でも、R指定はそうじゃない。すでに認めてる。自分が自分の道を信じてる。だから、他人に認めさせる必要はない。

彼がDJ松永とつくるCreepy Nutsの楽曲には、そのような信念が込められているように感じます。
R指定は、Creepy Nutsのメジャーデビューシングルのリリース時に、ラジオの舞台でこう語りました。

「若い頃の失敗、イタイ経験なんていっぱいありますよ。でもね、16歳の頃に恥ずかしいくらい正直にやったことって、その時は恥ずかしくて、死にたくなっても、今になると糧になるもんなんです。僕なんて超イタイやつでした。でも、それが幸いして韻が職業になってるわけで。監視社会だし、何か違うとすぐ叩かれたり突っ込まれたりするけど、それが大切なんですよ」(R指定の言葉*一部著者編)

脳次元で格が違う韻の踏み方、ラップのリズム、現代的な歌詞…R指定を表す魅力には、様々な要素があります。しかし、私がR指定を信じられるのは、その背景に承認欲求を感じさせない、本当に「リアルなラップ」があるからなんだと思います。

メジャーじゃない、でもアングラでもない。でもそれがいい。

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Fujiki galleryの管理人。 ゲームプランナーをしています。 大学時代には、美術・芸術を専攻。 Twitter(@Fujiki_Gallery)では音楽、美術中心につぶやきます。
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